cancheerの考え方
タイトル

遺産を守るのが進化のバロメーター

日付

2006.05.25

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有史以前、あるいは古代の壁画。なぜ、人類はわざわざ絵を描き始めたのでしょう。それは、自分の見たもの、感じたことなどを、きっと自分の頭で考えたかったからでしょう。考えるとは、表現することに他なりません。こうした理解は、いざ壁画の前に立つとはっきり感じることができました。

 

02年高松塚壁画損傷、文化庁と東文研対立が背景に?
奈良県明日香村の高松塚古墳で2002年に起きた壁画損傷事故の直前、別の壁画の一部が剥(はく)落(らく)したことを巡って、作業を監督する文化庁と、実際にカビの点検、除去作業を行っていた東京文化財研究所(東文研)の間で深刻な対立が生じていたことが、関係者の証言でわかった。このあつれきから、同庁が東文研を現場作業から外すことを決めたが、その引き継ぎの最中に、作業に不慣れな同庁職員らによるミスで損傷事故が起きている。事故原因を探る調査委員会(委員長=石沢良昭・上智大学長)は、事故の背景には組織連携の不備もあったとみて、関係者から事情を聞く方針だ。(中略)
 同庁と東文研は壁画が国宝指定を受けた1974年以降、ともに協力して壁画を保存修理してきたが、対立をきっかけに、同庁は現場作業の担当を東文研から、民間の修理の専門技術者に入れ替えることを決定した。
 02年1月28日に起きた2件の壁画損傷事故は、同庁が東文研から作業の引き継ぎを受けようとしているさなかに発生。石室内の作業に不慣れな同庁職員が空気清浄機を倒して西壁の余白を傷つけ、東文研の担当者も室内灯を回転させ、西壁・男子群像に誤って当てたとされる。 (読売新聞、2006年05月16日)


高松塚古墳の不祥事?が話題に(Yahoo!トピックス)なっています。事実がいかなるものであっても、業務責任と情報公開はきちんとしてもらいたいと思います。言い訳ができる仕事で、結果責任が問われない仕事では、現場の緊張感もいい加減になりがちです。どうせバレないからと、「怠慢」を「隠蔽」するような行為は、仕事の中でも、一番最低の行為です。今回の失態は、すでに責任のなすり合いになっていますが、その結果として、事実究明も対策行動も遅れに遅れてしまいました。このおかげで失われたものは一体、何なのでしょう。

 

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僕がこの手の事件で一番不愉快になるのは、意思決定のできる人間の決断が後手に回り、無責任なマスコミが寄ってたかって誰かを裁こうとすることです。こうした混乱は、罪もない人を傷つけるとともに、遺跡・遺産の保護という大切な仕事にケチがつきかねません。気付くと、耐震偽装事件やライブドア事件のように、マスコミによって被害が何倍にも拡大し、国民や被害者の負担が膨らんでしまうこともあるのです。

 

歴史的な壁画の保護と言えば、日本からははるかに遠く、飛鳥時代よりはるか昔の、ラスコー洞窟壁画(The cave of Lascaux)を取り上げたいと思います。偶然発見された、牛やら馬やら鹿やらが圧倒的な迫力で駆け回っている、あの、17,000年前の作品。現代人とほぼ同じ骨格をもつとされるクロマニョン人が書いた壁画です。実は、この壁画に対し、タイム誌が「美を守れ」と題した特集を組みました。記事には、衝撃的なリード文が添えられています。壁画の保存では日本より先んじていると思わたフランスで、ずさんな管理がなされていたのだそうです。

 

SAVING BEAUTY
 When art restorer Rosalie Godin was urgently called to Lascaux in August 2001, she couldn't believe her eyes. "It was as if it had snowed in the cave. Everything was covered in white," she says. Two of the cave's caretakers, Bruno Desplat and Sandrine van Solinge, had raised the alarm when the white filaments, spotted in isolated parts of the cave months before, spread like wildfire over a matter of days. ・・

 That spring, workers had finished installing a EUR23,000 air-conditioning system beneath the stairs leading down to the cave. The new machine was a major departure from the way Lascaux 's delicate balance of temperature and humidity had been regulated for the preceding 30 years. The old system, installed in 1968 after years of minute studies of the cave's climate, relied on Lascaux 's natural currents to pass air over a cold point and make sure that water condensed there, like it does on a beer can, rather than on the walls of the cave. This passive system was only necessary during the wettest periods of the year, when it worked as a functional replacement for the earth that for millenniums had absorbed excess water from the saturated air of the cave, but that had been removed since the cave's discovery in 1940. (TIME、May. 07, 2006)

 

一万年をはるかに越える長い歳月にも関わらず、その「美」をたたえてきた屈強な壁画は、私たち人類が発見してからわずか数十年で、急速に破壊されようとしています。僕らの祖先の、飛躍的な進化を裏付ける最初の貴重な証拠が消失します。その危機感はかねてから現場にもあったようです。ところが、上記の記事にある通り、空調設備を導入したことが、温度と湿度との洞窟内の絶妙なバランスを崩してしまいました。また、観光客の往来、設備導入時の作業上の問題などもからみ、「菌」の進入や繁殖を招いてしまったのです。白く、粉をふいたような斑点が、床から、絵へと広がってきました。

 

洞窟壁画を守るための対策は、お隣のスペインでも同様です。同国北部にあるアルタミラ洞窟壁画(Altamira Cave)は、ユネスコの世界遺産にも選ばれています。閉鎖されたり公開されたり、洞窟の状況を見ながらの意思決定が続いているそうです。

さて、この文化遺産というやつですが、実は明確な根拠が欠けたまま、一部の「信者」による懸命な保存・保護活動が続いています。もっともらしい説明をつけることはできますが、果たして莫大な費用をかける意味があるのかどうか、何の理論的根拠もありません。しかし、多くの人が感覚として、遺産を大切だと考え、原型を守っていきたいと感じるのは素直な反応だと思います。単なる観光資源という意味ではありません。だからこそ僕は、日本やフランスの例を見て思います。お金をかけている以上、無駄にしない!「無駄」とは、成果にも教訓にもならないで消えていくお金や時間、そして人々の意志を指します。様々な遺産をきちんと受け継いでいくこととは、もしかすると、各時代の人々の進化・進歩(叡智の具合)を証明する水準点になっているのかもしれませんね。

 

◆ 雲の写真館(フランス留学をふりかえって・・・)
“一度は見てみたい、と子供心に思った、まさにそのラスコーに行く”。・・洞窟のある現地の町を案内してくれる写真がいっぱいです。

◆ 木下長宏のウェブログ 「ラスコー」1〜5連載
“新石器時代につくられた洞窟・・それぞれの部屋・部分を現代の学者は、カトリック教会の建築物の名称に振り当てて呼んでいる”。・・ことごとく鋭いですね。さらに、後続の連載でも、“大型動物ばかり描かれて・・たった一つの例外を除いて”。・・洞窟壁画を見に行ったときの解説が、専門家ならではの視点で多岐に渡りつづられています。連載になっていて長い文章でが、ブログで無償公開されているのはありがたいですね〜。

◆ 天漢日乗「高松塚古墳壁画を30年かけて破壊したのは、文化庁である」
“ラスコー洞窟壁画保存の研究者(の提言を)・・文化庁は無視した”。・・意外とこういう仕事は、責任追及されないんですよね。

◆ ブログ時評 「(天漢日乗の)憤りは正当なものに思える」
“自然劣化ではなく、保存を担った文化庁が繰り返しミスを犯した結果と推定されるようになった”。・・賛否両論あるところかもしれませんが、個人的には、どんな仕事にも結果責任がともなって当然だと思います。

 

 

Posted by cancheer 06:05 AM | 固定リンク
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