cancheerの考え方
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ショプロンはウィーンからすぐ

日付

2005.09.24

東欧報告。まずはショプロン(Sopron)。ハンガリーの西端にあってオーストリアと国境を接し、国内有数の観光都市だそうです。人口わずか5万人の小さな町でしたが、ガイドブックにある通り、中世の戦乱をまぬがれた歴史の面影がよく分かりました。


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オーストリアの領内に食い込むように立地しているこの町は、ウィーンからわずか1時間。もう少しドイツ語圏的な雰囲気があるのかと思いきゃ、いやいや、まったく変わりました。なにせ、マジャール語です。アジア系の言語と紹介されることが多いようですが、いまいちピンときません。いずれにしても、ヨーロッパの主要言語とは系統が違うそうです。


列車を降りると簡単な入国手続きです。ふたりの職員がくっちゃべっていましたが、なかなかパスポートをチェックしてくれませんでした。畜生!だから(旧)共産圏はダメなんだ、とひと言ぼやいた後、静かな駅前に立ちました。ウィーンからの日帰りなので、どこへ行けばいいかと尋ねると、教会のほうだとつっけんどんに言われました。


脇を見れば、「スパー」です。世界最大の小売チェーンではありますが、日本では、首都圏などが手薄で、知名度はありませんし、日本のコンビニチェーンに追いやられて、年々その勢いは弱まっています。東欧なんかは、いい市場でしょうね。





オーストリアの歴史を学びましたが、この中欧という場所はつねに東からの侵攻を受けてきた場所です。ゲルマン系の人々もかつてはその一群でしたがヨーロッパに流れ込んでからは、ハンガリー系のマジャール人、南方からはトルコ人との戦いを繰り返してきました。マジャール人がキリスト教に改宗したのちは、オーストリア(ハプスブルク家)帝国と結び、ヨーロッパ世界の東の防波堤となりました。

したがって、ショプロンが中世の戦乱をまぬがれたという事実は、極めて奇跡的なことだったのかもしれません。




さて、両替もせずにこの国に入ったため、休憩がしたくてもいい場所は見当たりませんでした。教会まで行くと、その地下に、ちょっと上品なレストランがありました。ここ、ここ。VISAカードが使えました。言葉の分からない国では、ささいなことでもかなり緊張していたようで、どっと疲れが出てきました。ふぅ〜。

おやつ、おやつ。

そこで、読めないメニューに顔をしかめつつ、えいや〜で指差したのは、ヨーグルトソースとストロベリーソースで上品に二分されたデザートです。アイスでしょうか。

うまそう〜。( ̄〜 ̄)



ブーッ! (→.←)

口に入れた瞬間、吐き出しそうになりました。ふかふかの塊は、バニラではなくご飯だったのです。しかも、しいたけ昆布をのせてお茶をかけたらうまそうな地元のご飯。こっちではフルーツなんだ。確かに、あらためて見直したメニューにはフルーツライスと書いてありました。これのことか。


町中をぶらぶらしましたが、このフルーツライスの記憶に圧倒されてしまいました。駅に戻ると、まだ、あの職員がくっちゃべっています。まったく。


日本では秋田県の鹿角市が姉妹都市となっていました。平和裏に民主化したハンガリーは、ようやく経済成長の軌道に乗ろうとしています。スパーで手に入れたチラシには、日本のトヨタやホンダなどの自動車に関する広告が多かったですね。ライスでつながる日本とハンガリー。お互いに学べば、新しい可能性が生まれそうな気がしました。


《お薦め記事》
ヨーロッパ週末ぷち旅行記(こちらのほうが詳しいですよ)
旅行記「ハンガリー編」(写真集ならここ)
ウィーンとハンガリー続編(ショプロンへの移動についての記述)




Posted by cancheer 08:23 PM | 固定リンク
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